―今日、カネの無い人は、明日もカネは無い―
この非情な現実に観取していればメイクマネーに対する意義を見出すことができると思う。
ただ、人間はそうも安直に実相を受け入れて生活していけるのか。
それは無理だ。
それが可能ならば全国のサラリーマンの俯きがちな背中が毎朝ピンと伸びて、
清清しい気持ちで仕事に向かうはずなのだから。
毎回カネについて口述する私は、拝金主義かなにかと勘違いされそうだが、
恐らくそれは正解で、しかし、「カネがあれば」という思いを持っていれば
貴方も同胞、ということを弁解させていただきたい。
さて、今日は「カネ」の「根源」について踏み込んでいこうと思う。
私は一つの本を手に取った。
・・・が1ページで私は意気消沈した。難しい。難しすぎる。理解の一つすらできんではないか。
というわけで、こんな私にも分かりやすく解説してくれたのが岸田秀氏だった。
岸田氏は「カネ」を「共同幻想」に例える。
なるほど・・・そう言われれば納得がいく。
自分本位に理解を示すとこうだ。
「カネ」は多くの人が価値のあるものだと思い込んでいる。つまり、我々は一同に
現実的な価値や意味が明確でないものに支配されていると言っても過言ではない。
分かりやすい例を一つ挙げてみると戦後の日本そのもの。
多くの人が「土地には価値があるぞっ!!!」と同時に思い込み、カネの価値が熱烈に膨れ上がった。
これがインフレ。世に言うバブル経済期。
だが、そんなある日「もしかしたら、そんなに価値なんて無いかもしれない・・・」と思い出した途端に
一気にカネの価値が下がる。デフレ状態になったのがバブル崩壊。
思い込み一つで紙切れ同然になるのが「カネ」だ。
資本主義社会がどれほど人間を不幸にしているかを明らかにしている。
我々文明人が生み出した「カネ」
物々交換が主流であった遥か昔から、産業革命、IT革命を経て、
モノの価値は全て数字へと変化してしまったのは分かりやすいほどに時代の流れを表しくれている。
ヒトの物欲、権力欲、食欲、名誉欲、色欲・・・
これらが満たされることで、生きている幸福を実感するのは周知である。
先で述べたように、そのヒトの「欲望」ですら「数字」という記号で相対的な「値段」をつける。
そして形にした「カネ」で手に入れるという暗黙の取り決めを作り出してしまった。
自由と秩序を作り出す媒介者だった「カネ」がその存在だけで「ヒト」を支配する。
大げさに言えば宗教よりも依存性が高いものと置き換えることができるのではないか。
ショーペン・ハウアーが吐露する。
「カネは海の水に似ている。それを飲めば飲むほど、のどが渇いてくる」
カネで命が奪われる・・・たまったもんじゃない!
私が語るブログの内容は『カネがヒトを幸せにしてくれる』というのが楽想である。
ヒトは其の実上手に造られていて、悲壮な情動を消していくという便利な精神管理を行う。
とはいえカネはそう簡単にはいかない。
なにせ日常傍らに寄り添い、目で見て、その存在を我知らず認識してしまうからだ。
この世の頂点に君臨するヒトを思いのままに操り、ふてぶてしい笑顔で見下す「カネ」のざまが目に浮かぶ。
まぁ、嘆息をついてもしょうがないことではある。
言わずもながトリガーは「ヒト」だ。
「カネ」とは一体何なのか・・・「共同幻想」という理屈は理解できる。
しかし、考えれば考えるほどゲシュタルト崩壊を招く永遠の議題であることも然り。
ずっとこのまま黙想して日々を過ごすしかないのか・・・
いや、その心配は杞憂だろう。なにせ「カネ」は所詮「ヒト」作り出したもの。
値段化してしまった幸せに囚われるのは、この際固唾を呑んで承服するしかない。
だが幕天席地。資本主義の基本である等価交換を壊してやればいい。
そう。このチケットライフではそれが実現する。
現金と同じ価値の金券を購入すれば自ずと自分の下へとカネが戻ってくるのだ!
時間、労力、差し出す対価などたかがしれている。
「どこかにカネの成る木はないか」「埃のようにカネが貯まってほしい」こんな現実逃避をするくらいなら
現実に目を向けてカネを手中に納めたほうがいい。
リアルな地に足をつけて、その土に金券で得たはした金を肥料として撒くのだ。
そうすればいずれ大花が咲く。
その日が訪れることがあったのならば「カネ」と上手く共存していけるアルカディアはすぐ目の前だ。
・・・マルクス氏の途方にくれた態度は無視しようじゃないか。
「金を蓄えるまでは、金を使うな」
そういえば、誰かがこんな事を言っていた。
それができれば皆な苦労はしないんですよ。
なんてったって、みーんな「カネの亡者」ですからね。
草津本店:伊東
*マルクスの資本論等、左側バリバリのイデオロギーに染まったようなブログの内容ですが、一個人の考えを記したまでです。ご了承ください。
参考文献:「マルクス入門」「貨幣とはなにか」今村仁司
「ものぐさ精神分析」岸田秀