自販機部門の船木です。
毎月通っていた行きつけの床屋に置いてあった少年マガジンや少年サンデー、少年ジャンプなどの少年漫画を待ち時間にかぶりつくように読んでいた少年時代。妹がいたせいか、少年漫画と同じくらい、少女漫画も親しんでいて、その中でも当時は独特の作風に魅了されたのが、萩尾望都作品でした。最初に読んだのは、吸血姫バンパネラである一族の話を描いた『ポーの一族』でした。どことなく繊細である意味痛々しげでもあるその描画が描く世界には、単純明快な少年漫画には見られな、言葉ではうまく言い表せない微妙な心理が表現されていて、その繊細ゆえに強烈で幻想的な世界観にあっという間に引き込まれてしまったのを思い出します。彼女のどの作品にも、ごくありふれた日常空間に隣接した、なぜか不自然ではない異世界観が漂っていて、それがどこか懐かし気で物悲しくもある、うっすらと立ち込める霧のような幻想性を醸し出しています。中でも、SF作品群にはひと際惹かれるものがあって、 今回2017年9月9日(土)~11月5日(日)まで、神戸ゆかりの美術館で開催されてる特別展『萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく』は、とても楽しみな企画です。
科学の子の悲哀
♪心やさし ラララ科学の子
谷川俊太郎作詞の主題歌とともに、1963年(昭和38年)から1966年(昭和41年)にかけてフジテレビ系で日本で初めての国産テレビアニメとしてアニメ化された、手塚治虫の『鉄腕アトム』は、一躍当時の少年少女たちの人気者になりました。当時の日本は、1956年に経済白書で「もはや戦後ではない」と言われたように、ようやく戦後の復興期を抜け出し、まさに年平均10%以上の経済成長で飛ぶ鳥を落とす勢いの高度経済成長の真っただ中にあって、利用されるエネルギーも石炭から石油に変わっていきました。1970年に開催された大阪万博のあちこちのパビリオンでも見られた通り、高度経済成長の原動力とも言える科学の力には目を見張るものがありました。当時の科学の力は未来を明るく照らしてくれるような夢を抱かせてくれていました。その科学の化身とも言える存在が、当時の少年少女たちにとっては原子力で駆動する「鉄腕アトム」だったわけです。
自分が頑張って働いた分だけお金が手に入り、自分たちの暮らしは豊かになり、それとともに、街も社会もますます発展して、みんながしあわせになる国が自然に作られていく。そんな「大きな物語」が誰の頭の中にも描かれていた時代だったかもしれません。一方で、第2次世界大戦終結直前に日本に初めて投下された核兵器の威力に、世界各国は恐れおののくどころか、こぞってその「力」を欲しがり、良心(con-science)とともにあるはずの科学(science)の力を、他を圧倒するような悪魔の力に変えていくような、「冷たい戦争」の軍拡競争が激化していった時代でもありました。
「鉄腕アトム」をはじめとする手塚治虫の作品群にはその深い部分にどこか母性愛のようなものが感じられましたが、そこには自らが一番の力を手に入れたいと考える、悪い意味での強烈で攻撃的な父性に敢然と対抗する精神から来ていたのかもしれません。その狭間で揺れ動く微妙な心理を育ててくれたのが、紛れもなく、少年少女向けの週刊の漫画雑誌であり、そこに連載された作品が連続して一気に読める単行本としてのコミックスはまさに真っ先に貴重なお小遣いを投入するには手頃な価格で納得のいく一番の商品でした。
1960年代のモノクロ版のロボットや宇宙もののTVアニメ群から、1970年代は自分たちの貧乏でどうしようもない生活と重ね合わせて、その窮地から救い出してくれる、恰好いいヒーロー万能の科学より身近なスポーツを通したヒーローがカラー版で描かれるようになり、少年たちにとってはそれが男らしさの象徴になっていました。しかし、そうしたスポーツ一辺倒の根性系TVアニメ群にそろそろ食傷気味になってきたところに、コミック本の方では少しずつジャンルが幅広く、しかも心理描写が巧みに描かれる少女漫画が台頭してきて、特に、「科学空想小説」(Science Fiction)、いわゆるSF部門では、その設定や物語の展開、さらには微妙な心理描写などが当時の同様の少年漫画に比べて卓越していました。中でも萩尾望都作品は圧巻で、私たち人間の根源的な悲哀をあぶりだすような、独特の幻想世界を醸し出していました。その世界観はどこか、西洋芸術で言えばキュビズムやシュルレアリスムに通じるものを感じました。
『ポーの一族』新作
萩尾望都のデビュー作品は1969年の『ルルとミミ』でしたから、2009年でデビュー40周年を迎えられ、2012年には少女漫画家として初めて紫綬褒章を受章されました。そして、ついに、昨年2016年には誰もが待ち焦がれた『ポーの一族』の40周年ぶりの新作『ポーの一族 ~春の夢~』が発表され、大変話題になりました。この『ポーの一族』は来年2018年元日早々宝塚歌劇にて初の舞台化がされるようです。
ORICON NEWS「萩尾望都氏の不朽の名作『ポーの一族』、宝塚歌劇にて舞台化」
宝塚歌劇花組公演 『ポーの一族』 2018年1月1日(月)~ 2月5日(月)
松岡正剛の千夜一冊・意表篇0621夜「萩尾望都『ポーの一族』」
萩尾望都SF作品の魅力
萩尾望都作品の中でも、特にSF作品は魅力的で、最初の本格的な作品は1975年の『11人いる!』でしたが、この70年代には、レイ・ブラッドベリ原作の短編『ウは宇宙船のウ』や、光瀬龍原作の『百億の昼と千億の夜』も連載されていました。
萩尾望都作品は、日本で最も古いSF賞である「星雲賞」のコミック部門で、80年代に『スター・レッド』(1980年)、『銀の三角』(1983年)、『X+Y』(1985年)となんと3度も受賞されていて、これは前代未聞でした。しかも、2006年の『バルバラ異界』では、第27回日本SF大賞を受賞しています。
学生時代にはなかなか覚えられなかったモノ、ジ、トリ、テトラ、ペンタ…といった化学の分野でよく使われるギリシア語の序数も、萩尾望都作品の『スター・レッド』でしっかり身に付きました(笑)。そう言えば、ニュースなどでよく耳にするペンタゴンやテトラポッドといった言葉にもギリシア語の序数が使われていますね。
さて、今回新潟より始まった巡回展は、昨年2016年4月に武蔵野市吉祥寺美術館で開催された「萩尾望都SF原画展」での原画をベースに、120点以上を追加した約400点のSF原画が大集合し、ファンなら是非とも見てみたいものばかりです。
この特別展の見どころは、何と言っても、萩尾望都作品の中のSF作品群を、年代別に、Ⅰ(1970s初期)、Ⅱ(1970s・1980sコラボレーション)、Ⅲ(1980s・1990s SF中期)、Ⅳ(2000s SF近作)という4つのチャプターをたどって順に鑑賞することができることです。
神戸ゆかりの美術館 特別展『萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく』
というわけで、滋賀県からJR三ノ宮経由で、六甲アイランドの神戸ゆかりの美術館にお出かけになる方は、土・日・祝日は時間帯に関係なく使える、京都から大阪までのJR昼特切符が便利です。是非、お近くのチケットライフの自販機もしくは店舗にて格安のチケットをお求めください。各店のスタッフ一同、みなさんのご利用をお待ちしております。